篠原 聡さん

(平成14年3月卒) 社会福祉法人川福会 介護老人保健施設 長田の里 次長

私が介護福祉士を目指したきっかけは、中学生のころ、認知症の祖母と同居していたことです。
まだ幼く、祖母の状態を理解していませんでしたが、ずっと気になっていました。
大学を出て、就職後、介護の話題が世間的に広く注目されるようになってきた時、祖母や親のように介護に悩む人はこれからますます増えるのだと思い、介護福祉士を目指すことにしました。
学生時代は、学ぶことが楽しかったです。でも施設実習は大変でした。勉強していても実際の現場に行くのは不安でしたが、2年間で60日間の施設実習を終える頃には、やっぱりこの仕事は自分に向いているなと感じ、結果として長く介護を続けています。
介護現場では、やはり職員は女性が多く、分かってはいましたが就職当初は戸惑いはありました。でも介護業務の中で力仕事はもちろん、男性だからできること、すべきことも結構多いのです。女性が多い職場だからこそ男性がいることで人間関係が良くなって、業務がスムーズに進むこともあります。
この10年でも男性職員は多くなったと思います。
男性ならではの安心感といったものも感じてもらえているのだと思っています。
これからもどんどん男性の介護福祉士が増えて欲しいと思います。
私は現在は、現場から離れて事務所にいます。利用者さんと接する機会が減ったのが辛いですが、制度の変更や新しい取組みを通して利用者さんを支えていると思っています。
介護福祉士が活躍できる場というのはまだまだ増えていくと思います。
学校の先輩方や後輩たち、それに同級生たちが同じ介護業界にいますから、励みになります。
同じ職場にも鴻池の仲間が多く勤めています。
一緒に新しい目標に向かって頑張っていけるのが介護福祉の分野だと思います。
介護の現場はさまざまで、自分に合ったキャリアアップができます。
少しの覚悟と大きな期待を持って、この業界にぜひ来てください。

高 里英さん

(平成17年3月卒) 社会福祉法人三秀會 甍(いらか) 施設部 係長

私は高校卒業後の進路を考えていた当時は就職することしか考えていませんでした。
でもこれといった就職先が決まらず、母がヘルパーとして勤めていた病院に「仕事が見つかるまでの間だけ」と思って働くことになりました。
その病院で20年間寝たきりという患者さんと初めて接しました。
その時18歳だった私が生まれる前から寝たきりだった、ということを考えると大きなショックを受けました。
働いているうちに少しでも何かの役に立てないかと思いはじめ、知識も技術もない今の自分ではできることに限界がある、と思い介護福祉士を目指すことにしました。
介護の仕事は3Kとか言われていますよね。
でも、この仕事で本当に辛いのは、自分自身の知識不足や勉強不足が原因で利用者さんに迷惑をかけたり、嫌な思いをさせてしまったりすることです。
利用者さんは1人ひとり個性があるし、身体や心の状態も全く違います。
だから利用者さんそれぞれに合ったより良い介護を提供するために勉強することは本当にたくさんあります。
はじめから強い意志があった訳ではなく勉強も苦手だった私が介護の仕事に就きましたが、今は本当にこの仕事が大好きで、そのために勉強し知識が増えることはとても嬉しいです。
医療は「悪い所を見つけて治す仕事」、介護は「良い所を見つけて活かす仕事」と思います。
例えば右手が動かなくなった時、医療では「動かない右手を動くようにしよう」、介護は「動く左手を使って何かしよう」という感じです。
私自身は、良い所を見つけて何かその人に出来ることを探すというのは、本当に素敵と思うし、そんな介護福祉士の仕事にやりがいを感じています。
実は、卒業後に就職した際、ここの施設長は鴻池の大先輩だったんです。
ちょっとした時に、施設実習の話や「あの授業難しかったよね」なんて話ができたりして、気持ち的にずいぶん助けられました。
また外部の研修などで同級生に会ったりしてお互いに介護業界で頑張っていることは励みでもあります。
学校生活の中で、失敗したり悩んだり協力して課題を達成したことは間違いなく自分の糧になっていると思います。
私も今は新入職員の教育に携わってますが、養成校出身の方は、比較的忍耐強くへこたれない人が多いと思います。
いろいろな施設での実習で鍛えられているからだと思います。
施設は「家」、その中では生活があります。
利用者さんのより良い生活の実現を目指していく中で心が通い合い、まるで家族のように過ごすことができる。
そして、その環境がさらにより良い介護や援助につながっていく…。
私は、こんな素敵な仕事は他にないと思っています。
ぜひたくさんの人に興味を持って、この仕事の素晴らしさを感じて欲しいです。